祝?卒業
卒業しました。完。

で終わってもいいくらいどうでもいいんだが、一応書いてみる。

とりあえず本校とキャンパスが違うから、会場の地図やら行き方をチェック。
1時間半くらいかかるっぽくてその時点で萎え。
会場に着くと知らない人だらけ。完全にアウェーです、本当にありがとうございました。
とりあえず枚方の友人となんとか合流し、式へ。

式はつまらん、略。

その後なぜかキャンパスに移動。これがだるくてバスで1時間ちょい。
さらにこの後2時間半待たされる。院生の卒業式待ちらしい。
なんちゅうか一緒にやれよと。
で、2時間半待った後はなんと20分くらい優秀生徒の表彰式。
えー、表彰されない生徒がわざわざここに来る必要性はあったのでしょうか。
それが終わったあと、卒業証書とOB会の会費を強制的に払わされて終了。

交通費とOB会の会費でごっそり金が減ったわけだが…。
最初から最後までグダグダな学生生活でした。

というわけで学生生活がついに終了したわけですが、
幼稚園から大学まで振り返ってみましょう。

・幼稚園
いじめられてたらしい、よく覚えてない。とりあえずマラソン大会でブービー賞だったのは覚えてる。あとプール嫌い。

・小学校低学年(1・2年)
ガリ勉。運動からっきしだが成績はクラストップ。だが自己採点がいくら計算しても合わず、トップの成績なのに怒られる。さらに学校の外にある竹を折って怒られ、立たされた。怒られた思い出しかない。

・小学校中学年(3・4年)
運動に目覚めはじめるが、逆に成績は低下。この辺で3歳くらいからやってたゲームに本格的にハマる。水泳と書道を習っていたが、稽古の日になるとマジで体調悪くなる病気が発症。

・小学校高学年(5・6年)
運動能力がさらに向上し、ついにリレー選手にまでのぼりつめる。さらにマラソン大会のレギュラー候補に選ばれるが、大会本番寸前にすさまじい風邪を引き、辞退。運の悪さが前面に出始める。だが祭りのクジなんかは2連続とかで当たる。一等でも時計とかしょぼいやつだが。この頃スラムダンクの影響でバスケをはじめる。クラブがなかったので友達と夕方まで遊んでいた。学校のバスケゴールを一個残らず粉砕したのは自分たちです。今でも壊れてるのは金がないからでしょうか。

・中学校(1年)
冬までは部活に打ち込み、1年の中ではレギュラーに。練習試合でも上級生に混じって試合も経験。ガチガチだったがゴールも決める。しかし膝を故障し、先輩との衝突もあったりして、そのまま退部。結局練習試合でのゴールが唯一試合で決めた点に。さらに塾でもむりやり上のクラスに上げさせられそうになったため、先生に反抗して辞める。成績は当然落ち始める。

・中学校(2・3年)
成績は明らかに1、2年に比べて落ちる。この時期はゲーセンに入り浸り、毎日のように遊ぶ。進路も無難に決め、特に受験勉強はせず普通に合格。第一次暗黒時代。

・高校
中学2・3年の堕落っぷりをなんとかしないとと思い、なぜか陸上部に入部。足には自信はあったが、井の中の蛙だったことを実感。いくら練習しても伸びない成績に挫折しそうになるがなんとか最後までやり遂げる。悔しいとき以外にも涙が出ることを初めて知る。学生生活で一番良かった時期。

・大学(1回)
通学に片道2時間半。正直引っ越したほうがいい気がしたので後期は大阪の祖父の家に住まわしてもらい、朝7時起き~(学校)~17時帰宅~(飯20分)~17時半~バイト~0時過ぎ帰宅という過酷なスケジュールを過ごす。超肉体労働だったため、プロテインを飲み飯をくいまくったので体重が激増。今の体型になって後悔している。

・大学(2~4回)
免許を取得し、平日は使わない親の車で通学。通学時間が1時間になる。1回のハードスケジュールの反動で超怠けはじめる。3,4回のゼミも楽なところに入ったため4回はほぼ学校に行かない日々。就職も希望通りさっくり決まったのでほぼずっとバイト。第二次暗黒時代。

~そして未来へ
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by arkangel074 | 2006-03-22 05:25 | 日記
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